『性転師「性転換ビジネス」に従事する日本人たち』読みました
この本を読みました。
『性転師「性転換ビジネス」に従事する日本人たち』(伊藤元輝・著 柏書房)
タイトル、やばいですね…。
性転師って何。
表紙は毒々しいピンクで、あやしいおっさんの写真。帯はこうです。
性転換ビジネス陰の実力者「アテンド業」の実態に迫る迫真ルポ 手術難民の日本人をタイに連れ出す彼らは天使か。悪魔か。
…かなり胡散臭い。
今どき「性転換」という古い用語を使うなんてどうかと思うし、性別適合手術を興味本位に扱うルポ、嫌だなぁと思いながらぺらぺらめくったら、「性転師」というグレーな響きにこめたこの本の意図について説明があり、結構真面目に取材してそうだったので、ひとまず買いました。
第一世代の業者が性別適合手術アテンドにどのように参入したのか、アテンド業はどのような仕事をしているのか、スタッフの人柄や仕事ぶり、術式の解説など。業者の雰囲気もつかめて身近に感じられる。
第二世代の業者がFTMばかりである理由の一つは、手術の回数が多いためというのはなるほどなと思った。
ヤンヒー病院が20年前に、『性別適合手術の専門医が在籍している』とあえてオープンに宣伝することによって、人々の意識に良い影響を与えたというエピソードも面白い。
この本のように、表紙の怪しさでまずは関心を持ってもらい、実情を明快に語ることも、もしかしたら人々の意識を良い方向に変えるかもしれない。
(日本のGID医療の残念な状況については『誰かの理想を生きられはしない』がすごい。医療者と当事者間のコミュニケーションがうまくいっていない実情がQOL向上を阻害している点など、非常に重い指摘をしている。ぜったいに必ず読むべき。なんなら数冊買うべき)
日本では、ブルーボーイ事件(1970)以降、性転換手術(と当時は呼ばれていた)はタブー視され、違法とみなされていた。
それから1998年の埼玉医科大のガイドライン、特例法、非正規ルート医師の死去と、性別適合手術をめぐる国内医療の道は非常に狭く弱い。手術の技術も低く、待ち時間も長い。
アテンド業が必要とされた背景がよくわかる。
そして、今の問題点。
性別適合手術は2018年に保険適用の対象となったが、しかしホルモン治療には保険が適用されないために、混合診療の問題が生じ、実際に保険適用されたのは1年で4件と制度が機能していない。
性同一性障害は、WHOのICD-11改定により性別不合(gender incogrunce)と改まり、精神疾患から離れた分類になる。
WHOは「性別変更の際に法律で手術を要件化するのはトランスジェンダーへの人権侵害」という内容の声明を出している。
(これを、“TRA” なる正体不明の活動家が “セルフID” なる、名乗っただけで即座に男が女子トイレに入れるカルト思想だと頑なに信じ続ける人たちもいるが…インターネット怖いね)
今後国内の医療体制が向上するにつれ、アテンド業は仕事を減らしてゆくのかもしれない。(日本の医療体制向上するかな)
かつて「アテンド業者、変なのもいるよ」という噂だけを小耳に挟んでいたから多少は胡散臭い気持ちで読み始めたけれど、読んでみて、印象は変わった。
性同一性障害と性別適合手術の「外側」にいて、当事者の声に耳を傾け、できることを行ってきた人たちに、尊敬の念を感じている。
末尾に挙げられた参考文献もかなり良い。
良いチョイス。仕事できるなぁ。全部読みたい。
なかなかかゆいところに手が届く面白い本だった。表紙は怪しいけど。