札幌医大図書館所蔵の性同一性障害関連本がとても古い
札幌医科大学の図書館でGID(性同一性障害)関連本の所蔵調査?をしてみました。
以下の本が所蔵されています。
性同一性障害 : 児童期・青年期の問題と理解
著者名 ケネス・J・ズッカー, スーザン・J・ブラッドレー [著]/鈴木國文 [ほか] 共訳
出版 みすず書房 2010/6 ISBN 9784622075325 8360円
子宮奇形・腟欠損・外陰異常・性別適合の手術 : 病態理解と術式まるごとマスター
OGS NOW ; 7
著者名 竹田省担当編集委員/平松祐司 [ほか] 編集委員
出版 メジカルビュー社 2011/8 ISBN 9784758312066 13200円
食事と性 脳とこころのプライマリケア ; 7
著者名 中山和彦編 出版 シナジー 2011/7 ISBN 9784916166319 27400円
性同一性障害の基礎と臨床, 改訂版
著者名 山内俊雄編著 出版 新興医学出版社 2004/10. ISBN 4880024732. 4300円
性同一性障害と法律 : 論説・資料・Q&A
著者名 石原明, 大島俊之編著/池田純一 [ほか] 執筆. 出版 晃洋書房 2001/5
ISBN 4771012288
性の境界 : からだの性とこころの性
岩波科学ライブラリー ; 74
著者名 山内俊雄著. 出版 岩波書店 2000/6. ISBN 4000065742 1000円
性転換手術は許されるのか : 性同一性障害と性のあり方
著者名 山内俊雄著. 出版 明石書店 1999/9
ISBN 475031210X. 所蔵 神経精神医学 WM611||Y46 講座所管
ジェンダーで学ぶ文化人類学
著者名 田中雅一, 中谷文美編. 出版 世界思想社 2005/1
ISBN 4790710963. 1900円
(※第三の性、ヒジュラ、ベルダーシュ、ハンニースに言及あり)
偽りの肉体 : 性転換のすべて
著者名 バーバラ・カンプラート, ワルトラウト・シッフェルス編著/近藤聡子訳
出版 信山社出版 1998/6. ISBN 4797215488 2600円
(原著は1991年と古いが、内容は結構面白い)
ある性転換者の記録
著者名 虎井まさ衛, 宇佐美恵子著
出版 青弓社 1997/11. ISBN 4787231464
性は変えられるか : 性転換の医学的解明
現代性医学シリーズ
著者名 穴田秀男著
出版 メディカルトリビューン日本支社 Sexual Medicine編集室 1976/11
性を再考する : 性の多様性概論
著者名 橋本秀雄, 花立都世司, 島津威雄編著
出版 青弓社 2003/5. ISBN 4787232142. 1600円
(※インターセックスとトランスジェンダーについて。講義録っぽい)
ブレンダと呼ばれた少年 : 性が歪められた時、何が起きたのか
著者名 ジョン・コラピント著/村井智之訳
出版 扶桑社 2005/5 ISBN 4594049583
(※マネーの双子の症例)
ジェンダー・アイデンティティ : 社会心理学的測定と応用
著者名 下條英子著
出版 風間書房 1997/3 ISBN 4759910212 11000円
(※トランスジェンダーについての記述があるかは不明)
いろいろ探したけど、多分上記で全部だと思います。さすが医大、市立図書館にはないような高価な本がありますね。
最も高価な本は27400円「食事と性 脳とこころのプライマリケア ; 7」で、精神医学のシリーズの7巻で、摂食障害・性同一性障害・女性のライフサイクルに応じた精神医学的問題を扱っています。
「子宮奇形・腟欠損・外陰異常・性別適合の手術 : 病態理解と術式まるごとマスターOGS NOW ; 7」は13200円。
最も古い本は1976年「性は変えられるか : 性転換の医学的解明」。
ブルーボーイ事件は1964年で、69年に有罪判決を受けているので、76年にはどのように考えられていたのかちょっと興味がわきます。画像を検索したら古書という感じの見た目でした。埼玉医大がGID医療の倫理性を検討しはじめたとき、日本語で読める資料はどのくらいあったのでしょう。
著者の穴田秀男氏は、他の著作から察するに医療と法律の問題を研究していた人のようです。ご存命なのでしょうか。
もっとも新しい本は2011年「子宮奇形・腟欠損・外陰異常・性別適合の手術 : 病態理解と術式まるごとマスターOGS NOW ; 7」です。実際の手術の内容が写真付きで解説してあり興味深いです。GIDクリニックを受診し診断をとるまでの長いステップの中では性別適合手術の術式などの説明や手術の写真を見せてもらえません。手術を望むかどうかを検討する上で必要な情報だと思うのですが。北大にも所蔵されているので、相互貸借で借りることができました。
最も新しい本が2011年で、その後新しい本が10年以上入っておらず、蔵書のほとんどが1997〜2005年というのは興味深いです。
著者の山内俊雄率も高く、一般向けに書かれた2冊と医学書が一冊あります。
「性転換手術は許されるのか : 性同一性障害と性のあり方」はブルーボーイ事件後、違法だとみなされていた”性転換手術” を埼玉医科大が公的に治療の対象として認めるまでの経緯を解説した良書です。山内俊雄は精神科医で倫理委員会の委員長でした。
私が札医大の図書館の棚を見て一番先に目がとまったのは、もう一冊の「性の境界 : からだの性とこころの性」です。
冒頭引用します。
はじめに
「性転換」という言葉を聞くとあなたはどんな反応を示すのでしょうか。「わあ、気持ち悪い」というのでしょうか。それとも「エッチ!」といって、笑いだすのでしょうか。もしそうだとしたら、あなたは、あんがいお若い方かもしれません。
1999年の明石書店の本があんなにまともだったのに、同じ著者による2000年の岩波書店の本は興味本位で差別的な態度です。内容も有性生殖と無性生殖がどうとか、性分化や性分化疾患の解説にかなりのページ数が費やされており、脳の性差にも言及があります。性同一性障害についての本というよりは、「性とは何か」という、精神医学の専門家が書くには壮大すぎるテーマに取り組んでいます。2022年の私から見ると、これは無責任な思考実験のように感じます。(しかし今年のGID学会でもカタツムリがどうとかいう話題が出ています)
病因論については、ズッカーの「性同一性障害:児童期・青年期の問題と理解」にも同様の記述があり、あまり現在も大きな進歩はないように思います。(2022年において、病因論に強く関心を持つ人はむしろ「やばいやつ・・・」という印象をもちます)
性差別的えせ医学っぽいデータも。脳の働きにあたえる性ホルモンの影響という表があり、FTMにアンドロゲン投与すると攻撃性性衝動空間認知能力が↑、言語の流暢性が↓、MTFにエストロゲン投与すると逆に攻撃性性衝動空間認知能力が↓、言語流暢性が↑というデータなのですが、性衝動はわかるけどホルモンで言語流暢性は変わらないと思います。(表3 脳の働きにあたえる性ホルモンの影響 p.93)
この本、札医大にはもう要らないのではないでしょうか。歴史的価値はあるかも知れませんが、こんな本はとっとと書庫にぶち込んで新しい本を入れるべきです。
さらに問題のある本としては、「性同一性障害 : 児童期・青年期の問題と理解」も挙げられます。著者ケネス・J・ズッカーには、児童・青年のトランスに対してコンヴァージョンセラピー(矯正医療)を行ったとの批判があり、この本にもその「行動療法」の記載があります。その際治療者の性別はどちらがいいかとか、くそくだらない検討もされています。
法律の面から性同一性障害を論じた「性同一性障害と法律 : 論説・資料・Q&A」は非常に面白い本ですが、出たのは2001年で、性同一性障害特例法の成立前です。
特例法以前に、性別変更の法制度がどうあるべきかを検討しており、例えば住民票や健康保険証の変更を可能にする案など、今でも楽しく読めます。
札幌医大がGIDクリニックを設置したのは2003年ですから、導入初期以降はあまり関心が広がらなかったことがうかがえます。
ちなみに北海道大学図書館で「性同一性障害」(not解離性)で検索してみたら81件ヒットしました。
医療者は本をわりと個人的に買ってしまいがちだし、一般書は札幌市立図書館に潤沢に揃っているのであえて医大図書館に入れる必要はないかもしれないけど、札幌医大のこのラインナップは流石に、…怖い。
医療者に読んでほしいトランスジェンダー本としては、
ショーン・フェイ「トランスジェンダー問題 議論は正義のために」
吉野靫「誰かの理想を生きられはしない」
吉田絵理子「医療者のためのLGBTQ講座」
伊藤元輝「性転師」
和田耕治「ペニスカッター」
針間克己「性別違和・性別不合へ」
佐々木掌子「トランスジェンダーの心理学」
町田奈緒士「トランスジェンダーを生きる:語り合いから描く体験の質感」
エリス・ヤング「ノンバイナリーがわかる本」
康純「性別に違和感がある子どもたち」
…あたりがあってほしいと思いました。(めっちゃ、個人的な好みですけど)